かみ合わない議論が世にあふれています。

明確な論拠がないのに、堂々と自己主張をするオピニオン・リーダー、小難しい言葉を使いながら、煙に巻こうとする政治家、そして彼らに感情論だけで批判するコメンテーター、テレビをつければいともたやすく、彼ら彼女たちが繰り広げる「かみ合わない議論」を見つけることができるでしょう。

一方、目を職場に転じてみると、こちらも「かみ合わない議論」は日常茶飯事。強弁、詭弁にも出会うことがあります。

「営業なんかに、言われたくない」

「開発の人間に何がわかる」

「なぜ、ウチの製品が売れない? それがわからないから売れないんだろう! そんなことを考えているヒマが会ったらもっと売ってこいっ!」

似たようなセリフを聞いたことがないでしょうか。

「かみ合わない議論」がなぜ気になってきたのか、多少経緯を説明しておきます。

求められるロジカル会話

95年、シリコンバレーで4年間のコンサル活動を終えて日本に戻った私は、民間ビジネススクールとして先鞭をつけたグロービスに入社しました。当時、立ち上げ3年目のベンチャー企業にリスクをとっても参画した動機の一つは、グロービスがこの年出版した2冊の本でした。

ロジカル・シンキングの定番とも言われる『考える技術・書く技術』(バーバラ・ミント、ダイヤモンド社)とその後のMBA関連本の火付け役となった『MBAマネジメントブック』(ダイヤモンド社)です。「グローバルのヒト・組織」というテーマをコンサルタントとして扱ってきた私は、この2冊が扱ったテーマ、論理的な思考と合理的なビジネス・フレームワークはこれからの日本人にとって、もっとも重要であると確信したのです。

案の定、それ以降、クリティカル・シンキングや論理的な問題解決手法を世に広く知られるようになりました。特に21世紀に入ってからグロービス講師をはじめ、マッキンゼーやボストンコンサルティンググループなど外資系コンサルティング・ファーム出身者たちの手によるビジネス本がブレークし、企業研修のあたらしい流れをつくってきたことは周知の事実です。

ただ、そうした「思考系」の企業人教育を提供してきた側に身を置きながらも、私には気になることがありました。これらの「思考系」スキルとコミュニケーション・スキルを中心とする「対人系」スキルの分断です。

論理的に考えることは、もはや我々が身につけなければならない必須スキルであることは明らかです。課題は、「実際の会話の中でどこまで論理的なやり取りができるだろうか?」ということ。コミュニケーションなくして仕事はできません。

そこで、6年前の『ビジネススクールで身につける思考力と対人力』(日本経済新聞社)以来、私は「思考系」と「対人系」のスキルの統合を訴えてきました。ロジカル・シンキングだけでは不十分ということで、「ロジカル・リスニング」という造語をタイトルにした本も出しました。

「ロジカル・シンキングを教わったのですが、会議になるとわけのわからない人が多くて……」

「相手の発言が論理的でないことはわかるのですが、じゃあ、どうして論理的でないのかは説明できないです。だから、こちらも反論できなくて……」

セミナーに参加した企業人に受講動機を聞くと、このような発言が後を絶ちません。つまり、ロジカルシンキングは、もはや実践するステージ、ロジカル会話が求められる段階に入ったといえるでしょう。

ロジカル会話を身につけるコツ

ロジカル会話を身につけるコツは他のスキルと同様、才能よりも習慣の問題です。具体的には次の3つを心がける。

 1.  論理の原理原則を意識する習慣

 2. 「何を言いたいのか?(論点)」と「論旨の流れ(論脈)」に注意する習慣

 3相手の論拠、隠れた前提を聞く習慣

は論理思考に必要な知識を強化する習慣、は自分と相手の主張をチェックする習慣、そして、はロジカルリスニングの基本的な態度を身につける習慣です。

本書では、これらの3つの習慣を身につけられるように、ロジカル会話の設問を50題用意しました。問題を考えながら解説を読み進むうちに、自然とロジカル会話の習慣が身につくように構成しています。対談本を除くと、今回、この本が初めての共著。グローバルインパクトのパートナー、生方正也氏と共同作業で問題を作成しました。生方氏は私とほぼ時期を同じくしてグロービスに参画し、特にクリティカルシンキングをはじめ思考系のプログラムを作成してきたエキスパートです。我々二人が、各企業で直接教えている思考系のセッション参加者は年間4000人にのぼります。今回、紹介する問題もこうした多くの参加者とのやりとりが我々の学びになっています。

「スピイチ」を「演説」と訳した福沢諭吉は『文明論之概略』で「議論の本位を定めること」の重要性を説いています。つまり、何の議論をするのか、何のために議論をするのかを考えることが大事であるという意味です。

130年以上たった今日、一体、我々は議論のやり方をどこまで進歩させることができたのでしょうか。確かに、ディベート、プレゼンテーション、そしてダイアローグとカタカナの輸入はその後も続いています。しかし、議論の中身そのものがどれだけかみ合うようになったかは疑わしいと思います。

読者の皆さんがロジカル会話を実践しながら、少しでも「かみ合わない議論」を「かみ合う議論」へ、そして、お互いが「学び合う対話」を展開できるお手伝いになれば幸いです。

〈謝辞〉本書の企画からアドバイスを頂いた株式会社ビルドゥングスの本間大樹氏、朝日新聞出版開発部・編集長の小島清氏、高橋和彦氏、我々に多くの学びをもたらしてくれたセミナー参加者、受講者の皆さんに感謝の意を述べたいと思います。

 2008年11月

船川淳志