グローバルイングリッシュ48の秘訣(第5回) ハイスピードに慣れよ

 シカゴの空港近くのホテルで2日間のミーティングを終えた山田さん。ある日本企業に勤めるエンジニアの彼は、自社が買収した米国企業のR&D部門と日本本社の設計部門の橋渡し役として、キックオフミーティングに参加していたのでした。このキックオフミーティングには、山田さんの会社のマレーシア法人で生産管理を担当するトミー・ラウや、上海でプロキュアメント(procurement 調達)のリーダーを務めるリー・ウォン・スーも参加していました。ほかには買収先の企業のメンバーが6名。
 初めて日本人一人でこのようなグローバル・タスク・フォース(global task force)に参加した山田さんは、ミーティングを終え、レンタカーを運転しながら、R&D部門のそばにあるレジデンシャル・ホテル(residential hotel 台所の付いた滞在型のホテル)に向かっています。思えばシカゴに到着してからずっと英語漬けの山田さん。車の中で、ため息交じりにこの2日間を振り返っていました。
 「あー、疲れた。これまでもシカゴには出張で何度か来たけれど、いつも米国法人にいる日本人のスタッフが付いてくれた。でも今回はたった一人。こと日本の話題になると、皆が私の顔を見ながら、いろいろな質問を投げかけてきた。それだけではなくて、ファシリテーター(facilitator)もあれこれ質問をしてくるんだよな。聞き落としてはいけないと思って、Could you clarify that point?とかCould you elaborate on that point?と聞き返して、何とかactive listeningを頑張ってみたんだけど、誰一人嫌な顔をしないで説明してくれたのはありがたかったな。それにしてもトミーやリーも、そして、こちらにいるタイやベトナムのエンジニアも、ちゃんと英語でよく発言していたな。以前に出張先で出会ったタイ人やベトナム人は随分とおとなしかったのに。まあ、いずれにしても、皆、本当によくしゃべるんだよなー」
 ホテルにチェックインする前に、近くのスーパーマーケットの広い駐車場に車を停めた山田さんは、ミネラルウォーターやビールなどの買い物をします。
 レジに進むと、係の人が山田さんにHow are you today?と言ってきました。虚を衝かれた山田さんは何とかOKとだけ述べてお金を払おうとすると、今度は商品を袋に入れる係の人がPaper or plastic?と聞いてきました。山田さんは思わずI paid by cash.クレジットカードではなく、キャッシュで払ったと答えます。すると相手は、Oh, I mean paper or plastic?と、紙袋とビニール袋を見せながら尋ねてきましたので、山田さんは、苦笑しながら、Paper, please.と言って、紙袋に入れてもらいました。そして、お釣りを受け取って立ち去ろうとする山田さんに、袋に入れる係の人がTake care.と笑顔で声をかけてくれます。ゆっくりと出口に向かって歩きながら、山田さんは、ほかの客と店員の会話を少し観察しました。
 車に戻りながら、スーパーマーケットでのやり取りを振り返った山田さんは、「そうか! このリズムだ!」と気付いたのです。

英語はピンポン、日本語はボウリングのリズム

 しばしば「コミュニケーションはキャッチボール」と言われますが、英会話のリズムはテニスか卓球のリズムと言ってよいでしょう。ときには短い単語の往復だけで、お互いのやり取りが速いスピードでおこなわれます。
 スーパーマーケットの店員との会話で、その速いリズムを体感した山田さん。店員から声をかけられた山田さんは、かろうじてOKとだけ答えたのですが、ほかのお客さんは、例えばFine. How are you?あるいはNot bad. How about you?などと答えていました。
 山田さんは2つのことに気が付きます。
 まず、このリズムが2日間のミーティングのときと似ていることです。active listeningが重要であることは理解していた山田さんですが、実際に9名のメンバーで会議をおこなうと、そのスピードに付いていくのは大変でした。
 こんな調査結果があります。20分間の日本人同士の日本語の会話とアメリカ人同士の英語の会話を観察し、沈黙の時間を測定したところ、日本人同士の場合には20分間のうち沈黙は2分であるのに対して、アメリカ人の場合にはわずか20秒! 確かに、日本人同士の会話には独特の「間」があります。難しい交渉のときは、ずっと腕組みをして目をつぶったりしながら黙っている時間があります。もちろん、英語の環境でも意図的に沈黙をする場面はありますが、日本語の「間」ほど長くはないのです。言うなれば、日本語の会話はボウリングのようなものです。相手(ピン)をじっくり見ながら、ボールを投げて、しばらくするとボールが戻ってくるというリズムに似ています。
 2番目に気付いたのは、日本人なら誰もが学校で教わったFine, thank you. And you?が使われていなかったことです。山田さんは同様の例を体験済みでした。会議のファシリテーターが話しているときに挙手をして質問をする人は皆無に等しく、聞き直すときに「相手に失礼だから使わないほうがいい」と教わってきたWhat?やWhat did you say?あるいはSay it again?といった表現を、会議が進むにつれて、ほぼすべての参加者が使っていたのです。
 山田さんが2日間のミーティングで学んだのは、間違いを恐れず何かを言ってみることでした。スーパーマーケットで「紙袋かビニール袋か?」と聞かれ、勘違いはしたものの、とにかくすぐに反応した山田さんは、小さな過ちに悩まず、むしろ英語で仕事をしていくために大事な心得、「ハイスピード」に慣れるコツをつかんでいたのです。

グローバルイングリッシュの秘訣17 「2.1秒ルール」を意識せよ!

 1995年に日本に戻ってから、ビジネススクールや企業研修で教え始めた私は、ある違和感を覚えていました。4年間、シリコンバレーを中心に、アメリカでおこなってきたワークショップはすべて討議形式でした。ハーバード大学の「サンデル教授の授業」が話題になって、日本でもようやくこの形式が知られるようになってきましたが、私はアメリカでこのスタイルの研修を200回以上おこなってきました。
 アメリカでは、こちらが話している最中に、問いかけをおこないますし、質問も受け付けますので、インタラクション(interaction 相互作用)が自然に生まれるのですが、日本人相手となるとそれが難しいのです。つまり、シーンとしてしまって、問いかけをしても、アメリカのようにすぐ反応があることはなかったのです。
 日本人参加者の反応をよくするにはどうすればいいか。試行錯誤の結果始めたのが「5秒ルール」です。問いかけに対して、5秒で反応しなくてはいけないというルールです。「遠慮しないで発言する」というガイドラインと併せて参加者にこのことを伝えると、最初は戸惑う人が大半でした。けれども早い人は初日の午後から、多くは2日目からこの「5秒ルール」に慣れ、ほぐれてきます。
 「5秒ルール」は2000年あたりから「3秒ルール」に変え、今では「2.1秒ルール」にしています。人間の反射神経の平均的な反応速度は0.7秒と言われていますので、2.1秒はその3倍の長さ。このルールは、会話の反応のスピードを上げるだけではなく、アタマの瞬発力を鍛えるガイドラインなのです。
 私が「2.1秒ルール」で強調しているのは、質問を受けたときに「答え」を言おうとするのではなく、「何かを言いだす」ことを心がけてほしいということです。それを2.1秒以内にという意味です。つまり、「いつでもOK!」という状態を作っておくのです。
 そのためには、「ためらい」や「迷い」をなくせばよいのです。「先生は何を求めているのだろうか?」「自分だけ目立っても……」「恥はかきたくないし」というような思いに縛られていると、反応ができません。
 1つの問いには1つの正解があると思ってしまう「一問一答の幻想」があります。答えが1つしかないとなれば、「分からない」「言わない」と沈黙を続けてしまうことになってしまいます。けれども、山田さんが体験したように、会話はまさに生き物ですから、いろいろな言い方があるのが当然です。日本語でも英語でも、「一問一答の幻想」はわれわれの思考を止めてしまいます。
 もともとは、日本語のやり取りにおいて思考を活性化させるために始めた「2.1秒ルール」ですが、今では、このルールを心がけていたので英語の会議でも役立ったという声をよく聞くようになりました。具体例を次の《秘訣2》で説明しましょう。
 発言を求められたら、まずは「2.1秒以内に何かを言おう!」とすること。皆さんもこの姿勢で会議に臨んでください。

グローバルイングリッシュの秘訣18
 話しながら、考える

会議で2.1秒を意識してみると、確かにほかの日本人のレスポンスが遅いことに気が付きました。
以前は、一方的に外国人から畳みかけられることがありましたが、確かに2.1秒ぐらいで何かを言えば、相手は待ってくれますね。
集中して3日間、テンポの速い英語の会議に出たあと、日本人だけの会議に出席すると、時間が止まったように感じられました。

 こうしたコメントを何度となく聞いてきました。2.1秒で何かを言おうと意識することが、英語でビジネスをおこなううえで重要なのは間違いないようです。では、どうすればうまく実践できるのでしょうか。それは、「考えてから、話そう」とするのではなく、「話しながら、考える」ことです。そう聞くと、「話すだけで精いっぱいなのに……」と思ってしまう人がいるかもしれません。でも、大丈夫。次の4つのステップを実践してください。

1/間投詞を使ってみる
 間投詞とは、Well、Uh、Erm、Umなどです。
 これらの言葉を発する際には、脳にはそれほど負荷がかかりません。ですから間投詞を効果的に使うことで、考える時間が生まれるのです。もちろん、多用乱用すると耳障りになってしまうことは言うまでもありません。

2/つなぎ言葉をうまく生かす
 Let me see.やLet’s see.あるいはYou know,…が、質問を受けたときに自然に使われるつなぎ言葉です。間投詞と併せてWell, you know,…などとつなげることもできます。

3/自分の状況を説明しながら、何を言いたいのかを考える
 例えば、I’ve never thought of that. (そんなことは考えてみたことがありませんでした)、Actually, that reminded me of… (実際、それは……について思い出させてくれました)などのように、自分の状況を率直に述べてみることも、ときには効果的です。

4/質問の確認をしながら、考える時間を作る
 Let me confirm your question. (あなたの質問の確認をさせてください)、My understanding is that… (……という理解をしているのですが)、Is that something you are looking for? (こういうことを求めていますか?)

 《心得2》で述べた、「聞き上手は確認上手」「聞き上手は質問上手」を思い出してください。ここで紹介した例文は、自分の理解について相手に念のために確認を求める場合の表現です。ある程度理解できているケースですので、1つ目の例文の場合にはclarifyではなくconfirmを使うのです。

 なお、当然のことですが、相手の質問自体を聞き落としてしまった場合は遠慮なく聞き返せばいいのです。日本人は時折「間違っていたら申し訳ないのですが」というような文章を直訳してしまいますが、聞き返す場合はI’m not sure that this is something you are looking for. (私には、あなたが求めていることがわかりません)のように、特にI’m sorryを付ける必要はありません。

グローバルイングリッシュの秘訣19
 相手にボールを返してもOK

 私自身、山田さんと同じようにアメリカに最初に行ったときには、意外なところで戸惑いました。苦労したのはサンドイッチショップです。最近では、日本のサンドイッチショップでも、中身を細かく自分で選ぶお店が増えてきましたが、以前は、特にランチの場合には例えばAセット、Bセット、Cセットなどの中から選ぶお店がほとんどでした。そういったスタイルに慣れていましたので、チーズからパンまですべて「選んで決める」というのは、大いに戸惑いました。加えて、種類の豊富さです。What kind of cheese would you like? We have Monterey Jack, Swiss and American. Which one can I get you? (どんなチーズがお好きですか? モントレー・ジャック、スイス、アメリカンがあります。どれを用意しましょうか?)と早口で言われると、聞き取るだけでも大変ですし、そのチョイスにも慌てたものです。けれども、こんなところからでも、なるべく早く決める、答えるという練習ができるものです。
 ハイスピードのやり取りに慣れる3番目の秘訣は、相手にボールを投げ返すことも「アリ」ということです。そうすることができれば、選択肢が広がって、気持ちにも余裕ができます。投げ返すパターンを3つ紹介しましょう。

1/ストレートにWhat do you think?と投げ返す
 相手から意見を求められたときに、反対に聞き返すパターンです。自分の意見を決めかねているときに使える場合があります。ただし、ときと場合によっては、I’m asking you.と言われてしまうことがあります。

2/短い言葉で返して相手に補足説明を促す
 会話の現場では、短い単語で早いやり取りがおこなわれることがよくあります。例えば、ビジネスミーティングでファシリテーターからWhat kind of critical changes do you see in the current market? (現在の市場で重要な変化は何でしょうか?)という質問があったとします。critical changesがどのレベルのことかがまだわからないときには、たったひと言Such as?と言えば、事例を出してくれます。この聞き方はcritical changesの言葉の意味を理解しているうえで、具体例を知りたいときに使えます。同様にMeaning?と語尾を上げながら返せば意味をさらに詳しく説明してもらえます。期限が不明の場合はBy?と言えば、期限を言ってくれるでしょう。これらの短い言葉で効果的に聞くには、こちらもためらっていてはいけません。タイミングが鍵です。

3/目的を再確認する
 ブレインストーミングのような会議では、議論している間に目的(purpose)があいまいになってしまうことがあります。特に、英語を聞いているうちに、「何でこの議論をしているのだろうか?」と混乱してしまうこともあります。そんなときにWhy are you doing this? (なぜ皆さんはこれをやっているのですか?)やWhy are you asking me a question? (あなたはどうして私に質問をしているのですか?)という言い方をすると、議論に参加したくないというニュアンスで受け止められてしまいます。
 この場合には、相手からの質問を受けてBefore sharing my comment, may I ask you the purpose of this work? (私がコメントをする前に、この仕事の目的を尋ねてもいいですか?)と遠慮なく聞くのが有効です。

グローバルイングリッシュの秘訣20
 宣言すれば時間がもらえる!

 「2.1秒ルール」について、時々誤解する人がいますので繰り返します。2.1秒での意思決定を求めているのではなく、とにかく何かを言いだせばよいのです。その何かとは、これまで述べてきたように、たったひと言Well….と言うだけでも、あるいは相手にボールを投げ返すことでもいいのです。要するに、思考の瞬発力を高め、言葉を口から出すことが重要なのです。
 その意味で、最後の秘訣は、一見、真逆のように思われるかもしれません。それは、堂々と宣言すれば「考える」時間がもらえる、ということです。宣言がないと相手は畳みかけてきますので、それによって、余計に慌ててしまうという悪循環に陥ってしまうのです。
 例えば質問を振られたときには、こんな返答が有効です。Wait a second. I need more time to think about this issue. (ちょっと待ってください。この問題について考える時間がもっと必要です)あるいはGive me another five minutes. (あと5分ください)
 また、ブレインストーミングやアイデア出しの会議のときに、自分の順番が来てもまだアイデアやコメントが出てこない場合があります。そんなときにはPlease go around the room and come back to me. (部屋の中のほかの参加者のところを回ってきていただいて、また戻ってきてください)と言ってもいいのです。また、ややインフォーマルですが、Hold on. Let me think. (待って。考えさせてください)も使える言葉です。
 いずれにしても、鍵となるのはめりはりをつけて、確認すべきことは確認して、宣言すべきことは宣言するという点です。

 外国語を効果的に身に付けるための研究分野「第二言語習得論」の本(『外国語学習に成功する人、しない人 第二言語習得論への招待』白井恭弘著、岩波書店)を読んでみたところ、大変示唆にあふれるレッスンがありました。その中でも、私の目を引いたのは、頭の「作動記憶=ワーキングメモリー」が外国語学習の適性と関係があるという提示です。私は自分の体験および観察から「思考の瞬発力」が鍵を握るとみています。そして、それは訓練しだいで、改善することも可能だと考えてきましたので、同書の提示には大いに賛同します。
 確かに、「2.1秒ルール」を徹底的に練習すると、ふだんの会議がゆっくり過ぎるように思えて、あたかも高速道路から一般道路に下りてきた感覚だと言う人が少なくありません。
 ぜひ、皆さんもこの感覚を味わってください。

(文責:グローバルインパクト代表取締役・マネージングパートナー 船川淳志)