グローバルイングリッシュ48の秘訣 第1回

今、そこにある「グローバル」

 「英語は苦手だし、仕事で英語は使わなくてもいい会社ということで、ここを選んだのに……」
 山田さんは肩を落としながら、そう心の中でつぶやいた。
 「山田君、2か月後には英語で仕事をする場面が相当に増えると思って、今から準備してほしい。君も知ってのとおり、わが社は研究開発部門のテコ入れとして、アメリカのABC社を買収してから半年が経つが、これからは向こうとの協業が増えていく。特に、応用設計をやってきた君には、ABC社とのプロジェクトに入ってもらう予定だ。このプロジェクトのメンバーには、マレーシアの製造部門や上海の調達スタッフも入る。恐らく、最初のキックオフ・ミーティングはシカゴで行われるが、その後は持ち回り。まあ、うちの部の代表だと思って頑張ってほしい!」
 朝、部長からそう聞かされたのだった。
 山田さんは大学では電子工学を専攻。入社以来、エンジニアとして経験を積んできた。
 「確かに、ABC社を買収した話は、半年前に新聞でも社内報でも見たんだ。でも、よりによってこのおれがかかわることになるとは……」

 現在、「山田さん」のような状況にいる方は少なくありません。「グローバルビジネス」と聞くと、何となく一部の外資系企業や総合商社で活躍している人を思い浮かべるかもしれません。しかし、今や、誰でも、いつでも、どこでも、グローバルビジネスに放り込まれることがあるのです。
 「山田さん」の会社のように、日本企業が海外の企業を買収した後、反対に海外企業の資本が増えて「気がついたら外資系」というパターン、あるいは取引先が外資系企業になってしまう場合など、ケースはさまざまです。思えば、カルロス・ゴーン氏が日産自動車に来て企業変革に取り組んだころ、「ある日、突然、上司が外国人」というテーマがメディアで盛んに取り上げられたのが、遠い昔のことのようです。
 あれからわずか10年。人もモノもお金も、国境の制約にかかわらず世界中を動き回る毎日です。グローバル化はとどまることなく、どんどん加速しながらより多くの国と人々を巻き込んで、新たなうねりを生み出しています。「山田さん」は決して例外ではないのです。グローバル化のことを中国語で「全球化」と言います。北半球の一部の西洋化やかつての植民地化の規模をはるかに超えて、世界は、今、まさに文字どおりの「全球化」時代に突入しているのです。

グローバルビジネスの公用語とは?

≪シーン1≫
 場所はシンガポール。私の目の前には26人のビジネスパーソン。そのうち日本人は6人で、あとの20人はインド、パキスタン、中国、シンガポール、マレーシア、インドネシア、ベトナム、タイ、カンボジア、バングラデシュから集まった、ある日本企業に勤める現地のマネジャーたちである。彼らは、グローバルビジネスの理解を深め、その企業固有の理念を共有しながら、どのようにリーダーシップを発揮するべきかというテーマに3日間取り組んだ。

≪シーン2≫
 場所は都内のホテル。日本でもよく知られた、アメリカのブランド衣料メーカーから8人の参加者。内訳は4人が日本人で、あとはフランス人、イタリア人、アメリカ人、オーストラリア人。実はこの企業、以前は日本企業にライセンスを供与し、製造、販売は日本の中で完結していたのだが、グローバルに展開するアメリカの本社がライセンスを買い戻し、直に製造、販売まで運営する体制に変わることになった。それに対応するためには、幹部としてどうするべきかという課題を中心に討議した。

 2つのシーンは、私が年間に100回近くおこなっているワークショップ(参画型のセッション)の例です。私がこれまで20年にわたっておこなってきたワークショップの参加者は、延べ40,000人超(そのうち外国人は5,000人超)。60か国以上の国籍のビジネスパーソンたちと対話をしてきました。
 その経験から言えるのは、次の3点です。

①グローバルビジネスの公用語は英語であり、その英語とは「グローバルイングリッシュ」である。

②「グローバルイングリッシュ」を身に付けて世界で活躍することは、誰にでも可能である。必ずしも海外で育ったとか、若くして留学したという経験がなくても、十分に学習できる。

③そのためには、「文法を学び、語彙を増やし、発音の練習をする」という皆さんがイメージする「英語の勉強」とは別に、あるいはそれ以上に「英語の環境=グローバルなビジネス環境」の中で、必要な心得とスキル・技術、あるいはコツを身に付けることが重要である。

 このコーナーでは「世界で活躍できる英語」を自らのものとするための「心得」(極意と言ってもいいかもしれません)を毎回1つずつ掲げていきます。そしてその「心得」を体現するための4つの「秘訣(ひけつ)」(作法と言ってもいいかもしれません)を紹介していきます。全12回の連載で「12の心得と48の秘訣」。あなたのスキルとマインドの向上に、きっと役立てていただけるはずです。


心得1/12 実はわれわれがマジョリティー。
グローバルイングリッシュという発想

実はわれわれが
マジョリティー。
グローバルイングリッシュ
という発想。

 「これからは社内の公用語を英語にする」。昨年(2010年)、楽天とファーストリテイリングが発した「英語社内公用語化」宣言は、大きな話題になりました。さまざまな雑誌、専門誌などで特集記事が組まれ、私も数多くのインタビューを受けましたが、そのたびに私は言い続けてきました。
 グローバルイングリッシュという発想を持つこと。
 これが、「英語社内公用語化」の時代を生き抜いていくための第一の心得です。

 グローバルイングリッシュとは何か。

 それは、世界で最もよく使われている英語、ブロークンイングリッシュのことです。実は、全世界で20億人と言われる「英語を使う人」の大多数が、われわれと同じようにあとから英語を学んだ人たちであることに気づいてほしいと思います。
 日本人と同じように英語を外国語として学んでいるのは世界で約7億人、そして英語を第二言語としているのが約10億人です。それに対して、英語を母国語としているのはたった4億人程度。非英語ネイティブ≒ブロークンイングリッシュこそが、マジョリティーなのです。この現実を理解すれば、英語ネイティブのように話せるようになりたいと考えるのは意味のないことに気づくはずです。

 私がこのことを最初に述べたのは、1997年刊行の英語の著書Transcultural Management (Atsushi Funakawa, 1997, Jossey-Bass)においてでした。全球化時代が急速に進む今こそ、日本人はもっとこのことに気づくべきです。

 われわれは英語話者のマジョリティーに属していることに思いを致そう。心得≪1/12≫は、ビジネスシーンで英語に立ち向かうための、原点のマインドです。

グローバルイングリッシュ秘訣1 
ポジティブスピーキング!
I can’t speak English. はやめよう!

 「英語には自信がないので……」と思っている人が言いがちなフレーズに、次のようなものがあります。

I can’t speak English.
英語が話せません。
My English is very poor.
私の英語はひどいものです。

 言いたくなる気持はわかります。でも、冷静に考えてください。英語圏で育った経験でもない限り、最初から英語に自信を持っている人はいないでしょう。自信とは場数を踏み、経験を積むことによって得られるものです。ならば、1回1回の経験は大事な場面です。自信や学びを積める場にするか、英語嫌いになってしまう場にするかは、あなた次第です。
 まず、英語の環境で大事なことは、「ポジティブスピーキング」です。これは私の造語ですが、後ろ向きよりも前向き、暗いより明るく、否定的よりも肯定的な表現を使ったほうが、相手も自分も気持ちよくなれるのはどの言語でもそうですが、特に英語表現にはこうした「ポジティブスピーキング」がよく見受けられます。
 上記の2つのフレーズはいずれもポジティブには聞こえません。第一、I can’t speak English.と言うと、場合によっては、「私はもうあなた方と話したくありません」というニュアンスに受け止められてしまうことがあります。ディナーテーブルで外国人の間に入っていた日本人が、外国人に話しかけられていたときに、ついこう言ってしまったため、気まずい思いをしたという事例もありました。
 そこで、お勧めしたいのが「ポジティブスピーキング」です。最初の2つのフレーズは、例えば次のように言い換えるといいでしょう。

My English is very limited.
私の英語はかなり限られています。
あるいは
I’m not very confident about my English.
私は英語にはそれほど自信がありません。

 このように事実は事実として述べて、その直後に

But I would like to share my thoughts and ideas.
でも、自分の考えやアイデアを共有したいと思います。
But I’m very happy to join this meeting.
でも、この会議に参加できてとてもうれしいです。
But I’m excited to work with you.
でも、あなたと働けることにわくわくしています。

 などと言うと、ポジティブに聞こえ、その場の外国人はあなたを大歓迎してくれるでしょう。これらは、英語のネイティブはもちろん、グローバルイングリッシュのネイティブスピーカーにも十分通用します。

グローバルイングリッシュ秘訣2 堂々と相手に頼もう!

 相手が英語のネイティブスピーカーで、外国語を勉強した経験がなかったり、海外の人と話す経験を持っていない場合には、こちらが少し話すと、「英語を話せるのは当たり前」と思って、どんどん話してくることがあります。そうすると、「ポジティブスピーキング」の気持がしぼんでしまうもの。そんなときにお勧めしたいのは、コミュニケーションをとりやすくするために堂々と具体的に相手に頼むことです。

May I ask you to speak slowly and clearly?
ゆっくり、そして明確に話してもらえますか?
Could you speak slowly?
ゆっくり話してもらえますか?
Please clarify that idiom.
その熟語をわかりやすくしてもらえますか?

 これらを遠慮しないで何回も言ってください。こちらも外国語である英語を使うわけですから、相手にも多少の配慮を求めていいのです。

Communication is a mutual effort.
コミュニケーションはお互いの努力です。
I would like to make our communication better.
お互いのコミュニケーションをよくしたいと思います。
So I would like to seek your help.
そこで、あなたの助けをお願いしたいのです。

 こう述べれば、相手は感心して協力してくれるでしょう。

グローバルイングリッシュ秘訣3
 ガイドラインを伝えてみよう!

 さて、相手が1人であれば、個別に頼むことができますが、会議のような場合はなかなか難しいものです。会議の最中にあまりにさえぎって、「ゆっくり話してください」と頼むのは気が引けることでしょう。
 そこでお勧めしたいのは、会議で使う英語のガイドライン(指針)を、特にグローバルイングリッシュの話し方として相手と共有することです。84~87ページで紹介するのは、私が2008年に書いた『英語ネイティブスピーカーのためのグローバルイングリッシュの話し方』の抜粋です(一部加筆・訂正)。
 相手(英語ネイティブ)に頼むだけではなく、自分(グローバルイングリッシュのネイティブ)もこのガイドラインに沿うようにすることで通じやすくなります。ぜひ、実際の会議で共有してみてください。
 このガイドラインは、電話会議のときには特に重要です。電話会議の前に、メールで送って共有しておくと効果的です。


Practical Tips
to Speak
Global English

for the
Native Speakers
of
English


No.1
Check your words per minute (wpm).
It is estimated that the average speed of conversational English is somewhere around 150 wpm. Rapid speakers easily talk at a rate of 180 wpm or over. However, this is tough for non-native speakers. For instance, the majority of Japanese cannot keep up at more than 120 wpm.

スピードに注意し、1分間の単語数(wpm)をチェックせよ。
 日本人がなんと言っても苦労するのは聞き取りです。通常、英語の会話は1分間に150単語、早口の人は180単語以上にもなります。ところが、これでは英語が外国語の者には厳しいのです。TOEICⓇやTOEFLⓇなどのリスニングテストのスピードを考慮すると、多くの日本人は120単語以上の速さになると聞き取れないのです。

 英語のネイティブスピーカーで外国人と話し慣れている人は、話す速度にも考慮してくれることがありますが、「自分の話すスピードは考えてもみなかった」という人が大多数です。ですから、このように具体的な数字を出すと配慮してもらいやすいのです。

Source: Managing Global Teams
– An Asian Perspective by AtsushiFunakawa,
“The 2009 Pfeiffer Annual:
Leadership Development”


No.2
Become comfortable with silence.

(日本人などアジア人の)沈黙にも馴れよ。
 日本人2人の会話とアメリカ人2人の会話、それぞれの20分間の中身を比較すると、沈黙の合計時間が日本人側は2分、アメリカ人の方はたった20秒だったという調査結果があります。
 確かに、気心の知れた友人同士の会話ならば、日本人でも会話が途切れなく続くということがありますが、日本語の会話には、静かな間があります。会議の進行役も、間をとって話すことがありますし、ビジネス上の交渉になると「沈黙の時間」は長くなります。
 反対に、英語のネイティブスピーカーは、何も言わずに黙っている相手を見ると、何か問題があるのだろうか、どうしたのだろうと懸念したり、あるいはイライラしたりすることがあります。
 そこで、こうしたコミュニケーションスタイルの違いを、まずはっきり認識してもらうことが重要なのです。Silence doesn’t necessarily mean there’s something wrong.(沈黙は必ずしも何か問題があるわけではありません)という補足説明も有益でしょう。あるいは、同席した人がもし何かを聞かれて、内容から判断して、英語は理解しているのに黙っていたら、ネイティブの人にHe needs more time to think about what you said.(彼にはあなたの言ったことを考える時間が必要なのです)と説明してもいいでしょう。


No.3
Simplify sentence structure.
Limit yourself to one idea per sentence.
Try to use no more than 15 words per sentence.
Use guidance words such as first, second, or last.
Avoid questions that contain several or’s.
Avoid tag questions (ex, You didn’t do it, did you?).
Avoid negative contractions, such as can’t or shouldn’t.
Avoid reductions, such as gonna, didja, or wouldja.

文章の構成を簡潔にせよ。
意見、アイデアは1つの文章に1つ。
1文は15単語を超えないように。
「はじめに」「次に」「最後に」などガイドになる言葉を使え。
1つの問いの文章にいくつも“or”を入れない。
付加疑問文は混乱を起こしやすいので避ける。
(例:You didn’t do it, did you?など)
否定語の短縮形は聞き取りにくいので避ける。
(例:can’t、shouldn’tなど)
省略形を避ける。
(例:gonna、didja、wouldjaなど)

 上記のガイドラインはメールを書くときにも有効です。1つの文章の単語が15を超えると、文章の構成は複雑になって、わかりにくくなる可能性があります。実践的なやり方として、最も長い文の単語数をチェックしてみてください。そうした習慣を身に付けると、文章は簡潔なものになっていきます。


No.4
Be clear.
Avoid slang and idioms.
Enunciate clearly.
Avoid words that have more than two meanings
(ex, That’s outrageous!).
Avoid culturally specific jokes and expressions
(ex, those that relate to sports, television shows, or games).

明確に話す。
スラングやイディオムは避ける。
口は明確に動かす。
2つ以上の意味がある単語は避ける。
(例:That’s outrageous!)
文化固有の表現やジョークは避ける。
(例:固有のスポーツ、テレビ、ゲームなど)

 アメリカ人は、アメリカンフットボールや野球などのスポーツ、あるいは『スター・トレック』『スター・ウォーズ』といった映画やドラマに基づいた表現をよく用います。
 例えば、Monday morning quarterback(結果を見てからあれこれ批評する人の意味)という表現は、クオーターバックの役割とアメフトの試合が週末におこなわれること、つまりアメフトのカルチャーを知らないと理解できません。日本語の「土俵際」や「千秋楽を迎えた」などという表現も同様ですね。

グローバルイングリッシュ秘訣4
 Enunciationが大事!

 わかりやすい英語を使ってくれるように相手に頼む以上、こちらもできることは何でもやりましょう。しかし日本人が悩むのが発音。thとs、rとl、vとbの発音の区別ができなくて……そんなことを言われた方、考えた方は多いのではないでしょうか。
 正確な発音をするための努力は必要です。ただし、心配ご無用! 実は、正しいかどうかは相手が決めることなのです。フランス人のマーケティングの専門家は、われわれの発音を直したりしません。イスラエルのリサーチャーは、われわれがthとsの発音の違いを上手に使い分けられないことを、とやかく言ってはきません。
 これは、20年間、世界60か国以上の人たちと英語で議論してきたうえで断言できることです。繰り返しますが、発音をないがしろにしてもよいと言っているのではありません。必要以上に神経質になっていると、コミュニケーションが
とれないということを言っているのです。

 pronunciationの練習は重要ですが、しかし、もっと大事なのがenunciationです。意味を説明する前に、この単語をweb辞書で探して、発音を聞いてまねしてみてください。何度も言ってみましょう。Enunciation. Enunciation. Enunciation.
 そう、口を明確に動かさないとなかなか言えませんし、反対にこの単語を繰り返すだけでも、カツゼツ体操ができそうです。意味は「歯切れのよい発音」。動詞のenunciateは口ごもらないこと。明確に発声して話すことです。また、興味深いことに「論理を明確にする」という意味もあるのです。
 参考までに、相手に「(口ごもらないで)わかりやすく話してください」と頼むときにはCould you enunciate a little more clearly?と言うこともできます。ただし、相手に頼む以上、こちらが口ごもっていてはいけません。要するに、発音だけではなく、発言であり、口を明確に元気よく動かすことが大切なのです。皆さんも自信を持って、Let’s enunciate clearly! And, let’s speak Global English!

 文法や発音に注意を払うことも大事ですが、もっともっと重要なことは、コミュニケーションとしての英語です。発想を変えてグローバルイングリッシュを身に付け、全球化時代を大いに楽しみましょう!

(文責:グローバルインパクト代表取締役・マネージングパートナー 船川淳志)