グローバルイングリッシュ48の秘訣(第11回)

 日本企業と外資系企業との提携がいつでも起こりうるのが、今の全球化時代のグローバルビジネス。そうした中で、多様性の高いチーム(が結成されることは珍しくありません。

 チームの運営を効果的に進めるためには、早い段階でメンバー相互の理解を深める必要があります。そのため、提携先とのワークショップがおこなわれるのですが、その際に重要な役割を担うのがfacilitator (ファシリテーター)です。さまざまな国籍の人とのいろいろな協業が求められている今こそ、日本人にもファシリテーター・スキルをしっかりと身に付ける必要が出てきています。

ファシリテーターの特徴とミッション

グローバルビジネスのチーム運営に必要なファシリテーターの特徴とミッションとはなんでしょうか。

ファシリテーターの特徴

 私がファシリテーターということばと出会ったのは、今から20年前、シリコンバレーにあるコンサルティング会社に入ったときです。以来、私自身がさまざまな場面でファシリテーターを務めた経験から、拙著*でもその重要性に触れたのですが、この本を日本語に訳す際、facilitatorを何と訳せばいいのか悩みました。

 当時、一部の外資系企業では「ファシリテーター」と表記していましたが、このことばは今のように広まっていませんでした。そこで、「進行・調整・介助役」と訳してみましたが、しっくりきません。今でもたまに、facilitatorを「(会議などの)進行役」と訳しているのを目にすることがありますが、この日本語に当たる英語は、moderator (モデレーター)やcoordinator (コーディネーター)などです。

 モデレーターやコーディネーターに対してファシリテーターの大きな特徴は、介在度合いの深さです(下図)。ワークショップ、会議、あるいはプロジェクトの中で、議論のプロセスに積極的に介在しながら、必要ならば意見の調整や議論の軌道修正をおこなうのがファシリテーターです。

 ただし、ファシリテーターの本来の役割は、相手から意見や気付きを引き出し、議論を効果的に進めることにあって、主役はあくまでも参加者です。その意味ではcoach (コーチ)と似ています(コーチということばと役割も、この10~15年の間にビジネスで普及してきました)。コーチが相手と1対1で向き合う存在とすれば、1対複数の関係を持つのがファシリテーターと言えます。組織のトップから上意下達の指示や命令を出すだけならファシリテーターは不要です。現場での問題解決や、新たなアイデアを生み出すための存在、それがファシリテーターなのです。

Transcultural Management: ANew Approach for Global Organizations

(Jossey Bass Business and Management Series, 1997)

ファシリテーターのミッションとは

 ファシリテーターの役割をもう少し具体的に見てみましょう。ファシリテーターは参加者が持っている意見や情報を引き出しながら(input)、さまざまな成果を出すこと(output)を求められます(97ページの図参照)。

 アウトプット(図の右側)の例としては、参加者同士の問題意識の共有、動機付け、具体的な行動計画の策定(アクション)などがあります。また、ファシリテーターは参加者相互の関わり合い(コミットメント)を醸成するという、目には見えない重要な役割を担うこともあります。

 では、アウトプットに至るまでの段階を、順に見ていきましょう。まず、インプットの段階(図の左側)で注意しておきたいこととして、集団の力学(グループ・ダイナミックス)が挙げられます。ファシリテーターが図のようなミッションを遂行する際、グループ内での発言状況、ディスカッションの受け入れ度合い、参加者同士の力関係などに注意を払い、必要に応じて発言の交通整理をおこなうことは欠かせません。つまり、ファシリテーターは扱うテーマや参加者の発言だけではなく、意見交換がされる「場」の流れにも注意しなければならないのです。

 こうした役割を果たすため、ファシリテーターには4つの基本機能、tell–ask–listen–analyze (話す─質問する─聞く─分析する)が求められます(図の中央を参照)。tellには、明確に説明する(explain)、プレゼンテーションをする、あるいは参加者がリラックスして議論に参加できるように分かりやすく語りかける(talk)といったことも含まれます。askは、参加者に質問を投げかけることです。listenは、参加者の発言をしっかり聞くこと、analyzeは、参加者の発言の意味合いをしっかり考え、次のtellにつなげることを指します。難しく聞こえるかもしれませんが、日常を振り返れば、親しい友人との会話でもこれを実践していることに気付くでしょう。

 私はこの10年間、コンサルタント、講師、各企業のインストラクター、プロジェクトリーダーといった人たちに対して、ファシリテーター・スキルを指導してきました。最初は複数の参加者の前に立っているだけで緊張する人も少なくありませんが、これまで本誌で紹介してきた心得を組み合わせれば十分できるはずです。ファシリテーター・スキルを身に付けるための秘訣を見ていきましょう。

グローバルイングリッシュ習得の秘訣41 緊張から集中へ:あがり防止策

 私がプロのコンサルタントとしてワークショップのファシリテーションを始めたのは、35歳のときです。アメリカンスクールに行ったわけでもなく、帰国子女でもなく、交換留学の経験もない私が、ビジネススクールを卒業したとはいえ、英語でファシリテーションをおこなうとなると緊張しないわけがありません。当然、最初はうまくいかないことがあります。

 あるセッションでうまくいかなかったとき、こんなふうにアメリカ人の同僚にこぼしたことがあります。

MaybeI’m not good for this (facilitating a workshop). I think I’m too sensitive. Ican’t ignore those who lose their concentration or are reluctant to participatein the session.

(たぶん、僕はこのような〈ワークショップのファシリテーションをおこなう〉ことには向いていないよ。神経質すぎると思うし。集中を欠いてしまう参加者や、セッションにいやいや出ている人が気になってしかたがないんだ)

 すると彼の口からは意外なことばが返ってきたのです。

Atsushi,I tell you what. That is your great asset. Never, ever lose it!

(アツシ、いいかい。それは君のすばらしい資産だ。絶対になくすな!)

 当初は、励ましてくれてありがたいな、くらいにしか思っていませんでした。しかし、彼の意味したことはそれ以上だったとあとから気付いたのです。

 「参加者の反応が気になってしかたがない」のは、参加者が見えている、ということです。同僚の励ましのことばには、参加者不在のファシリテーターになってはならないという大事な示唆が含まれていたのです。

 このことに気付いたとき、「あがる」とは、緊張していても、集中できていない状態だと分かりました。先に紹介したように、参加者に向き合い、ファシリテーターの4つの基本機能、tell–ask–listen–analyzeに集中してみると、次第にあがらなくなることが体感できます。自分の心配よりも相手に向き合うことが大切なのです。

 さらに次のことをおこなえば、ほどよい緊張感を保ちつつ、リラックスした状態でいられるはずです。

1早い段階で参加者全員からひと言ずつもらう。

 自己紹介はもちろん、テーマについてもひと言述べてもらうといいでしょう。

 例:

I’dlike each of you to share with the rest of us your thoughts and concerns aboutthis issue.

(この問題について皆さんそれぞれの気になることを、全員にシェアしてもらいたいと思います)

Pleaseshare with us what you hope to take away from this session.

(このセッションから持ち帰りたいことを教えてください)

2相手の発言に対して相槌(あいづち)やリフレージングをしっかり使いながら、ファシリテーションのリズムをつかむ。

3こちらが話すときは全員にアイコンタクトを取り、発言が出たら発言者をしっかり見る。

 常に相手を見ていれば、もはや自分のことは気にならなくなります。そうすれば、「あがる」状態から抜け出すことができるでしょう。

グローバルイングリッシュ習得の秘訣42 「抽象のはしご」を意識せよ!

 言語学者のサミュエル・イチエ・ハヤカワは、「優れた文筆家、巧みな話し手や思想家は、『抽象のはしご』を自由に上がったり、下りたりする」と述べています。

 これは、ファシリテーターにとっても重要なアドバイスになります。抽象度を高める(=具体性が低くなる)と、議題を短くまとめることはできますが、中身は分かりにくくなります。「戦略の見直し」「人材の強化」などといったことばだけだと、メッセージの受け手によって頭に思い浮かべることが全くバラバラ、ということになりやすいのです。

 反対に、具体的な話は誰でもイメージがしやすいのですが、それが議論のテーマや流れにどのように関連するのか分かりにくくなることがあります。

 ファシリテーターはぜひ「抽象のはしご」を意識して、抽象度の高いことを述べたあとには具体的なことを言い、具体的な事例に触れたあとには抽象度の高いことばでまとめる、といった習慣を身に付けましょう。

 例えば、

Oneof the challenges for us is demonstrating our accountability to ourstakeholders.

(われわれにとってのチャレンジの1つは、ステークホルダー*に対する説明責任を示すことです)

と述べたとしましょう。これだけでは、聞いた人にはイメージが湧きません。そこで次のように続ければ、聞き手はイメージを共有しやすくなります。

Doyou remember the case of X Corporation?

Theywere hiding their financial losses for many years.

(X社の事例を覚えていますか?  財務損失を何年にもわたって隠していました)

 相手の発言をさらに引き出す際にも、「抽象のはしご」が使えます。例えば、

Ifwe go through with this, we may see tension across divisions.

(もし、このアクションを取ると、部門間で対立を招くかもしれません)

と述べた場合、たったひと言、

Suchas? (例えば?)

と尋ねれば、次のように事例を提供してもらえるでしょう。

Well,procurement and technical support staff members have already expressed theirconcern.

(調達とテクニカルサポートのスタッフはすでに懸念を示しています)

 反対に、

I’mwondering if we can increase our budget for advertising, campaigns, and salesevents.

(広告、キャンペーン、セールスイベントの経費予算を増やせないでしょうか)

という参加者の発言に対して、

Oh,you mean the promotional budget.

 (販促の予算ですね)

と抽象度を一段上げてサマリーを伝えることも効果的です。発言者はファシリテーターにしっかり聞いてもらえていると確認できますし、ほかの参加者も議題について理解しやすくなります。

 ファシリーテーションをおこなうときだけではなく、普段の会話でもこうした練習をしておくとよいでしょう。

*Stakeholder:利害関係者

グローバルイングリッシュ習得の秘訣43 参加者の「聞き落とし」を想定せよ

 公開講座などで初めてファシリテーターを体験した人は、異口同音に「1対複数」のコミュニケーションが難しかったと感想を述べます。では、何が「1対複数」のコミュニケーションを難しくしているのでしょう。

 原因の1つは、参加者の聞き落としや聞き逃しにあります。ファシリテーターの指示やガイドが参加者に伝わらないと、議論の流れが悪くなってしまいます。そうした混乱が起きると、誰もが慌てるものです。そんな中で、参加者から矢継ぎ早に質問されたりすると、ファシリテーターはリズムを失い、「頭が真っ白」という状態になることがあります。

 このような事態に陥らないために、ファシリテーターは質問を出す際、参加者が聞き落としたり聞き逃したりすることを常に想定しておく必要があります。

 以下に、具体的なアドバイスをしましょう。

1signpostingを明確に

 signpostingとは、配布資料などのページ番号を示すことです。これも1回だけだと聞き逃す人がいます。そこで、Please take a look at page 18. (18ページをご覧ください)あるいはRight now, we are on page18. (18ページです)と言った直後に、One eight. (1、8)とページ番号を復唱しましょう。ページ番号は2回言わないと聞き逃す人がいる、と肝に銘じておくことです。

2ホワイトボードやフリップチャートを使う

Letme take notes on the flip chart.

(フリップチャートに書きますね)

BeforeI forget, let me write it down on the whiteboard. (忘れる前に、ホワイトボードに書きますね)

などと、断りながら書くのがコツです。参加者全員が目にすることで参画意識が高まりますので、自分のノートに書くよりもこうしたビジュアルの共有をおすすめします。

3意図を明確に伝える挿入句を使う

WhatI meant by this was that…

(どういう意味かというと……)

WhyI’m asking this question is because…

(なぜこの質問をするかというと……)

Thepurpose of this exercise is to…

(このエクササイズの目的は……)

 こうした発言が参加者の理解を助けることになります。

4「 , 」を意識して、区切りながら話す

 ファシリテーターは早口で話す必要はありません。常に参加者の理解度をしっかり見ながら、分かりやすく話すことが求められます。下記の例のように「 , 」を意識して区切りながら話すと、複数の相手によく伝わります。

Sincewe’ve covered the external challenges, why don’t we move on to the internal issues?

(対外的な挑戦をおこなう前に、内部の問題に取り組みましょう)

5transitional phrasesを使う

 At this point, (この時点で、)、Now, (さて、)といったことばでめりはりをつけると、話の転換が分かりやすくなります。あるいは、Since we’ve done…, (ここまでしてきたように……、)、Let’s do… (さあ……しましょう)と言ってもよいでしょう。

グローバルイングリッシュ習得の秘訣44 参加者を味方にせよ!

 多くのファシリテーター体験者が感じる「1対複数」のコミュニケーションの難しさは、実は見方を変えれば、「複数の仲間」や「複数の味方」がいるということです。ファシリテーターは何でも自分でしようとせず、場合によっては参加者に助けてもらってもいいのです。

 先に、ホワイトボードやフリップチャートに書き留める手法を紹介しましたが、参加者の人数と扱うトピックによっては、参加者に書いてもらってもいいでしょう。ただし、特定の参加者に書記を求めるのではなく、グループを編成して書いてもらうことをおすすめします。

 例えば、ある目標に関して、

Pleaseraise your hand if you think we can achieve this goal.

(この目標を達成できると思う人は手を挙げてください)

と尋ね、反対に

OK.How about those who think we can’t make it?

(では、できないと思う人、挙手をお願いします)

と確認します(手を挙げながらアクションを示せば、なお分かりやすいです)。挙手した人たちを2つのグループに分けて、

Pleaselist your top five reasons, in order, on the flip chart.

(優先順位の上位5つの理由を、フリップチャートに書いてください)

と述べ、グループディスカッションを促してみましょう。その際には、You have 10 minutes to finish. (持ち時間は10分です)と制限時間を設定することもお忘れなく。

 この手法は、参加者の当事者意識や参画意識を引き出すうえで効果的です。

 あるいは、ある参加者の発言が専門的で、ほかの参加者が理解できないようなときには、

Mr.X? Could I ask you to write on this whiteboard what you just talked about?

(Xさん。今の発言をホワイトボードに書いていただけますか)

と言って、板書してもらうとよいでしょう。その際、ファシリテーターがホワイトボードの脇に立ち、参加者を代表して率直に確認や質問をすると、全員がその内容を共有しやすくなります。

 もう1つ、参加者が味方として頼りになるのは、質問を受けたときです。そのときには、

Isthere anyone who is familiar with this issue?

(この問題に詳しい人はいらっしゃいますか)

と参加者に答えてもらう状況を作るのも有効です。

 また、質問に答えられない場合には、

Ican’t answer right now. Let me check and I will get back to you later.

(今は答えられません。後ほど確認してお答えします)

と明確に言えばよいのです。ただし、会議やワークショップの趣旨、位置付け、どんな成果を出したいのか、といった「ファシリテーターのミッション」に関わる質問については、ファシリテーター自身がきちんと答えなければなりません。

 いずれにしても、ファシリテーターは誠心誠意、参加者に対応することです。そうすれば、味方は確実に増えていきます。ファシリテーターのスキルは経験しなければ身に付きません。皆さんも率先してファシリテーター役をしてみてください。

(文責:グローバルインパクト代表取締役・マネージングパートナー 船川淳志)