「論理アタマをつくる!ロジカル会話問題集」第3章 ロジックの基本、演繹と帰納(設問15-21)

論理アタマをつくるには、最低必要な原理原則を理解しなければなりません。

そうでないと、第1章でも紹介したように「それは、あなたのロジックで私のロジックは違う!」という詭弁の罠にはまってしまったり、勝手な屁理屈と区別することもできません。

その意味で、演繹と帰納は論理アタマをつくる必須の原理原則の一つです。この二つは中学や高校でも学んでいるのですが、より実践的な学び方をこの章で紹介しましょう。

ロジカル会話問題集 設問20「経営者として成功するには?」

 当社の創業者は社員一人一人との対話を大事にして当社を成長軌道にのせた。前社長も腹を割って話し合うことをモットーに、誰とでも納得いくまで話し合って、当社を業界大手まで引き上げた。私の尊敬するX自動車の経営者も、大切なのは誠意を持って伝えることだと言っている。やはり、経営者として成功するには、コミュニケーション力が必要だ。

 この主張の論理展開の弱さを指摘したものを

一つ選ぶと?

A:なぜ一人だけ当社の経営者でない人が入っているのですか?

B:成功していない経営者のコミュニケーション力がわからないとなんとも言えないですね

C:コミュニケーション力が必要なのは、何も経営者だけというわけではありません

D:経営者にはコミュニケーション力の他にも、リーダーシップや戦略思考力が必要なのをご存知ですか?

E:もっと多くの経営者の能力がわからないと、データの信頼性が高まりませんよ

ロジカル会話問題集 設問20解説

帰納法の落とし穴──その1

 これまで帰納法について、積み木モデルをもとに見てきました。帰納法では、個々の事例の共通点を探るということは絶対にやらなければならない、いわば必要条件のようなものですが、個々の事例からより本質的な特徴を求めるためには、単に洗い出した事例の共通点を探るだけでは不十分です。結論を支えない積み木はどうなっているかを見ておくことも必要になります。

 例えば、この問題の場合、成功していない経営者のコミュニケーション能力も、成功している経営者同様高かったらどんな結論になるでしょうか? おそらく「経営者はコミュニケーション能力が高い」となるでしょう。さらに対象を広げて、仮にビジネスパーソンは全般的にコミュニケーション能力が高いとしたら、「ビジネスパーソンはコミュニケーション能力が高い」となってしまいます。ここまで来てしまうと、あえて「成功する経営者はコミュニケーション能力が高い」と結論を出しても、あまり意味のないものに見えてきますね。

 つまり、帰納法による結論づけでは、単に自分が言いたいと思っていることに関連する事実に共通点があったとしても、それ以外の事実にも同じような共通点があった場合、結論としてはあまり価値のないものになってしまうのです。この問題の場合には、成功している経営者「だけ」コミュニケーション能力が高い、言い換えれば、少なくとも「成功していない経営者」は、成功している経営者と比べるとコミュニケーション能力が低い、ということも説明しなければなりません。つまり、ここでの正答は、〈成功していない経営者のコミュニケーション力がわからないとなんとも言えない〉のような指摘となるのです。

データの指摘だけとは限らない

 帰納法の論理展開上の指摘、というと、積木となる事実やデータについての「突っ込み」になることが多くあります。しかし、だからといってデータについて何でも指摘すればよい、というわけではありません。例えば、〈なぜ一人だけ当社の経営者でない人が入っているのですか?〉のような些細な点を突っ込んでも、まったく意味がありません。積木となる事実やデータについての指摘をしていても、論理展開全体をしっかり見ないと、指摘として効果的でない場合も多いのです。

 また、帰納法による論理展開の弱さ、というと、積木として活用しているデータの量が多いか少ないかを指摘するケースが多く見られます。もちろん、活用しているデータが十分な量があって、かつ正確でなければ、主張そのものが成り立たないのは当然です。となると、がぜん〈もっと多くの経営者の能力がわからないと、データの信頼性が高まりませんよ〉が有力に見えてきます。ただし、「データの信頼性」という言葉に注意が必要です。最近よく報じられるデータ改ざんという事態に直面して、「信頼性」という言葉を目にしますが、信頼性というのが何を意味しているのか、どのような検証をすれば信頼性を確保したと言えるのか、という点についてはしっかりと考えておかなければなりません。この問題でも、単にデータの量が多ければ信頼性が高まるのか、という点は確認すべきでしょう。結局どんなデータが不足しているのか、ということを理解しないで信頼性が欠けると言っているのは、「理由はよく説明できないけど、あなたの意見はおかしい」という印象論くらいにしか聞こえないものです。

正論より論理展開の一致

 さらに、〈コミュニケーション力が必要なのは、何も経営者だけというわけではありません〉や〈経営者にはコミュニケーション力の他にも、リーダーシップや戦略思考力が必要なのをご存知ですか?〉は言っている内容自体は正論なのですが、主張している人の論理展開と必ずしもかみ合っていないことに注意しましょう。問題文での主張は、経営者として成功するにはコミュニケーションは必要、と言っているだけで、のように経営者以外の誰にコミュニケーション能力が必要なのか、のように他に経営者としてどのような能力が必要なのか、については、何も言っていないのです。このように発言していない内容を指摘するのは、主張を補足する意味では有効かもしれません。しかし、その人の論理展開の弱さを指摘することには直接役立っていないことは忘れないでください。  帰納法というと、自分が見つけた事例にばかり目がいってしまいがちですが、そうすると気づいてみれば陳腐な結論を出すだけで終わってしまった、ということが往々にしてあります。自分の目の届かなかった事実はどうなのか、という視点も忘れずに持つようにしましょう。

ロジカル会話問題集 設問20 回答

正解はB

帰納法では、積み木以外のものにも目を配ることが必要。

成功していない経営者のコミュニケーション能力まで目配りしておくこと

(文責:グローバルインパクト 代表 船川淳志)