グローバルイングリッシュ習得48の秘訣第7回 Dialogueを実践せよ!

多言語・多文化・多国籍の環境の中で -dialogue

2011年8月初旬、スイスのCaux Mountain House (コー・マウンテンハウス=写真)でおこなわれた国際ワークショップに参加しました。主催はIC*(Initiatives of Change)という国際的なNGOで、民族、宗教、国籍を超えて、世界約80か国で和解と融和をもたらすための諸活動をおこなっている組織です。
 私は6回目の参加でした。このワークショップは毎回国際色豊かなのですが、今回も、欧米、アジア諸国からはもちろん、コロンビア、ウガンダ、レバノンなど多くの国と地域から、政治、経済、環境、民族問題など、さまざまな課題や関心を持った300人近くの参加者が集まりました。年齢層も幅広く、学生から、1946年の会議以来出席を続けている80歳を超える人まで老若男女が参加し、まさにダイバーシティ(diversity)に富んだ人々と4日間を過ごしました。
 毎回、このワークショップに参加して感心することがあります。それは、参加者同士が「相手の話をしっかり聞く」ことです。これは当たり前のことのようですが、実際におこなうのはそう簡単ではありません。
 まず、ここでは主に英語が使われますが、中には英語を理解しない人もいるため、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語の通訳が入ります。
 大会場のセッションでは通訳者がブースに入って、参加者はヘッドセットからそれぞれの言語の同時通訳を聞ける場合もあります。けれども10~20人程度の分科会では、参加者の中からボランティアの通訳者が出て、英語と、それ以外に少なくともフランス語またはスペイン語で訳します。しかも、お互いに会話のやり取りがありますから、例えば英語を話さない人が発言した場合は、ほかの参加者は英語の訳を聞かなければならず、倍の時間がかかるのです。
 食事のときも、各国からの参加者とテーブルを囲んでいろいろな会話をするのですが、英語が分からない人が1人でもいれば、誰かが、例えばポルトガル語やロシア語で通訳をします。それを誰一人として嫌な顔をしないで聞いていることに、私は感心しています。
 ICは伝統的にダイアローグ(dialogue)を大事にしてきています。そのことがこうしたところにも表れているのだと思います。

*ICの前身はMRA(Moral Re–Armament)。1946年にドイツと欧州諸国の和解調停のために世界大会を開催した組織です。EC(欧州共同体)の基盤作りの一翼を担い、そのほか対立する国々、民族、人々の和解実現のために民間レベルで貢献してきたMRAは、2001年、ICに改称しました。

グローバル社会で必要なダイアローグ

 ダイアローグは、辞書では「対話」や「問答」と訳されていますが、この約20年の間に急速にビジネスの中で広まり、もう少し深い意味合いを持って使われていることばです。
 通常、われわれが会話をするとき、発言者と聞き手は、「耳から聞こえてくることばだけでお互いの意思疎通が図れる」という暗黙の前提があります。しかし、この前提が通用しない場合があるのです。それは、発言者と聞き手が異なる教育環境、文化的背景、そして価値観や信条を持っている場合です(図1)。
 仕事の場面でも同様です。業界が異なるとこうした環境や背景や価値観は変わってくるのです。もちろん、共通の基盤もありますから、それに基づいてお互いの理解が可能になるわけですが、共通の基盤のない、異なる背景や前提に基づいた発言は理解に苦労することがあります。それは日本語同士、英語同士の会話でも起こることです。
 ダイアローグとは、お互いにこれらの隠れた背景や前提を意識して対話をすることを意味します。先述のスイスのコーの会議では65年前から、過去の歴史の中で戦争や対立をしてきた欧州諸国の和解調停という難題に取り組みながら、ダイアローグをおこなう風土をつくり上げてきました。
 グローバルビジネス社会も、多言語、多文化、多国籍、そして多民族という多様性に富む環境であることはこれまで述べたとおりです。ビジネスの場においても、お互いの前提を考慮しながらダイアローグを実践することが求められているのです。

グローバルイングリッシュの秘訣25 ディベートとダイアローグを区別せよ!

 ディベート(debate)という概念は、かなり前から日本に導入されています。学校で「ディベート・クラブ」に所属していた人もいるかもしれません。異なる立場からお互いの意見を戦わせるディベートは、議論の練習には大変効果があります。
 このディベートは、ダイアローグとは本質的に異なることを押さえておきましょう。まず、ディベートでは、例えばアメリカの大統領選挙の「スーパー・ディベート」で有権者が候補者の議論の優劣を決めるように、「どちらが正しいのか、より優れているのかを判断する」ことが隠れた前提となっています。これに対してダイアローグは、「どちらも一理あるような状況の中で、お互いの共通理解や新たな発見を最大化していく」ことが狙いです。
 ディベートでは相手の論理矛盾や知識不足をつついたりしますが、ダイアローグではむしろ、お互いの盲点に対する気付きを高め、さまざまな視点から物事を見ることを重視します。コミュニケーション理論で有名な「ジョハリの窓」で見れば、その違いは明らかです(図2)。
 考えてみれば、現実社会でわれわれが抱える問題は、原発や死刑廃止などの重いテーマを含め、「どちらも一理ある」ものが大半です。一概にどちらが正しいと断言しにくい課題について、理解を掘り下げる必要がある場合が多いのです。
 ぜひ、ディベートの訓練とは別に、ダイアローグを職場やコミュニティで始めましょう。
 あなたがfacilitator (会議の進行、調整、介助役)をする場合は、次のように宣言するとよいでしょう。

So now, let’s have a dialogue session.
(これより、ダイアローグ・セッションをおこないましょう)
Let’s open a dialogue. (ダイアローグを始めましょう)
Let’s conduct today’s meeting in a dialogue approach.
(本日のミーティングは、ダイアローグ形式でおこないましょう)

 さらに次のようにディベートではないことを強調すると、参加者は安心して発言できます。
This is a dialogue not a debate. Thus, it is not a matter of which is better or who is a winner.
(これはダイアローグであり、ディベートではありません。したがって、どちらが正しいか、もしくは誰が勝者かは問題ではありません)

グローバルイングリッシュの秘訣26 意見交換の前に前提交換を!

 ダイアローグを始めようとしても、意見の対立や議論の応酬となってしまうことがたまにあります。
 その理由としては、9月号の《心得6・秘訣3》でも紹介したように、意見を言っても論拠、あるいは理由を言わない習慣から抜け切れていないことがまず挙げられます。
 さらにその原因を考えてみると、「発言者と聞き手は同じ解釈の基盤を持っているはずだ」という隠れた前提が見えてきます。
 つまり、意見交換をしていても、前提がすれ違ったままで、しかもそのことに気が付かない状態なのです。

 例えば、ある商品の売り上げの伸び率が10%だとしましょう。同じ10%でも、売り上げへの期待が高い人は「これでは低い」と思い、期待が低い人は反対に「よく売り上げが伸びた」と思う。このように、解釈が違ってしまうのです。
 この状況を打破するには、意見交換の前に前提交換をする必要があります。ダイアローグをおこなう場合は、まさにそうした前提を確認し合うことを奨励します。
 いくつかの表現を紹介しましょう。

 まず、参加者に質問を投げかけます。
Please share your thoughts and ideas.
(あなたの考えやアイデアを共有してください)
 そのときに、次のようなひと言を加えるとよいでしょう。
Make sure to clarify your underlying assumptions and expectations.
(あなたの期待や隠れた前提を明確にしてください)
 このフレーズは、もし発言が明確でない場合は、あとから述べてもかまいません。

 underlying assumptions (背後にある前提)は、ダイアローグをおこなうときにはよく使うことばですが、ディスカッションで確認が必要となった場合は、次のように言って、参加者とともに考えてみることも重要です。
Let’s think about the underlying assumptions for this opinion.
(この意見の背後にある前提について考えてみましょう)

 expectations (期待)もよく使われることばです。あるアメリカの企業では、会議のガイドラインとして、次のように明記しています。
Communicate your expectations clearly!
(あなたの期待を明確にコミュニケーションせよ!)

 「意見交換の前に前提交換」をおこなうためには、会議の冒頭でダイアローグをおこないたいと述べたあとに、英語でもそのまま、以下のように言えばよいのです。
Before exchanging opinions, let’s exchange assumptions.
(意見を交換する前に、前提を交換しましょう)

 このように、お互いの前提を共有することによって、新たな発見や気付きが増えていきます。

グローバルイングリッシュの秘訣27 相手から考え方を引き出す質問力(inquiry)を!

 第2回で、確認したり質問したりすることが重要であると述べました。それはダイアローグをおこなうときも同様です。加えて、ダイアローグではinquiryという、相手の見方や考え方を引き出す聞き方があります。秘訣2で述べたように、お互いの前提を共有するための具体的な手法がこのinquiryなのです。
 inquiryはopen–ended question(Yes/Noで答えない質問形式)で尋ねるのが基本です。理由は、相手に自由に考える余地を与えるためです(Yes/Noで答えさせる質問形式は、closed questionといいます)。
 例えば、あなたが、
Do you think the current control system caused this problem?
(今の管理システムがこの問題を起こしたと思いますか?)
と聞くのはclosed questionです。原因と結果が単純な場合はこれでもよいのですが、ダイアローグが必要なのは、問題をより多面的に深く考えるときです。代わりに、
How does the current control system affect this problem?
(今の管理システムがこの問題にどのような影響を与えるのでしょうか?)
と聞いたほうが、相手は自分の見解を述べやすいでしょう。
 別の事例で見てみましょう。会議の参加者から新たなアイデアを出してもらうときに、
Do you have any plan to increase motivation in this department?
(この部門のモチベーションを上げるプランがありますか?)
と尋ねて、“No”と答えられてしまうと、その相手とのダイアローグは途切れてしまいます。そうならないよう、次のように尋ねると、相手を引き込んで一緒に考えるスタンスがとりやすくなります。
How else can we increase motivation in this department?
(ほかにどうしたらこの部門のモチベーションが上げられるでしょう?)
 あるいは、参加者から出されたアイデアを全員で再度チェックすることも重要です。このように聞いてみましょう。
Let’s suppose we installed this system,
what would happen?
(では、仮にこのシステムを導入したとしましょう、何が起こるでしょうか?)
 ダイアローグをおこなうときは、自分からも見解や提案を出すことがあります。ただしそのときに、交渉や普通の提案のように、I would like to recommend… (私のおすすめは……)というような言い方ではなく、自分の見解をより中立な立場で述べて、相手の意見を引き出せばいいのです。
Here is my view and this is how I have arrived at it. How does it sound to you?
(これが私の見解で、これがそこにたどりついた経緯です。これについていかがでしょう?)
 「英語の会話は直接的な聞き方がいい」と思われてきた人から見ると、ダイアローグは意外に婉(えん)曲(きょく)的なやり取りのように感じるかもしれません。
 繰り返しますが、相手との前提の共有のためにはダイアローグが必要で、そしてその重要なポイントが、うまく相手からことばを引き出す質問力なのです。

グローバルイングリッシュの秘訣28 「氷山の水面下」を自覚せよ!

 氷山の例えは海外でもよく使われます。図3は異文化間コミュニケーション理論の1つ、「カミンズの二重氷山」に基づいて作成したモデルです。


 水面上にはお互いのbehavior (行動)があるのですが、水面下にはattitude (態度)、customs (習慣)、beliefs (信念)や values (価値観)などがあります。そして、これらの根底にはmindset (マインドセット=意識の枠組み)があります。
 発言の前提と理解の前提のモデルと少し似ていますが、この氷山モデルは特に異文化理解の課題を示しています。お互いの行動は見えるけれども、その行動に影響を及ぼす「水面下」の要素が異なっていると解釈が変わってしまうということです。
 例えば、ドイツの職場では個室のドアを閉めておくのが伝統です。なぜなら、開けっ放しでは「だらしがない」と見なされてしまうからです。一方、アメリカではもともと、パーティションで囲んだドアのないキュービクルが主流ですが、ドアのある個室があっても開けておくのが基本です。「オープンドア・ポリシー」ということばを聞かれたことがあるでしょう。それぞれの理由を聞けば納得できることです。
 ところが、異文化の環境では誤解が生じます。ドアを閉め切っているドイツ人をアメリカ人が見ると、「何かコソコソやっているのかな?」とか「秘密主義なのか?」と思ってしまうことさえあります。反対にドアを開け放しているアメリカ人をドイツ人が見たら、「だらしがない」と感じてしまうかもしれません。われわれは「自分の物差しで人を測ってはいけない」とは聞かされているのですが、ついついそうした「決めつけ」をしてしまいがちです。
 ダイアローグは特に異文化間の関係では重要です。お互いの「氷山の水面下」を意識することが大切です。そして同時に、お互いに共通の基盤をシェアすることが求められるのです。

Let’s explore our common ground through dialogue!
(ダイアローグを通して共通の基盤をシェアしましょう!)

(文責:グローバルインパクト代表取締役・マネージングパートナー 船川淳志)